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バイオメカニクス整体技研誕生秘話

機械エンジニアが目指した整体師の道。想像を超えた様々な苦労や感動がありました。 患者さんとの素敵な出会いや、悲しい別れも経験してきました。

自慢のロボット工学を引っさげ、原因不明の痛み改善に挑んだ、小さな整体技術研究室のお話です。

新しい整体技術目指して!

2005年(平成17年)12月14日に誕生したバイオメカニクス整体技研 今日まで色々なことがありました。

バイオメカニクスを整体に応用する

「バイオメカニクスとは 生体の機能と構造を力学的に解析し、病気の診断や、治療に役立てる技術。」

と言われています。下の画像は開業目指して読んだ参考書です。(日本機械学会編)

バイオメカニクスの基本を勉強した参考書

ロボット工学の基礎理論が、多く使用されていました。

バイオメカニクスとロボット工学の深い関係

そうだ!これだ!
これを経絡指圧整体に応用し、整体技術研究をして行けば、 必ず多くの方々のお役に立つだろう。

その志しから当整体は

「バイオメカニクス整体技研」

と名付けられ、 2005年(平成17年)12月14日東京都葛飾区に誕生しました。

バイオメカニクス整体技研誕生の時

開業当時(2005年)の写真です。懐かしいですね。 この小さな建屋から、様々な物語が誕生しました。

開業当時の苦悩

正直開業当時は大変でした。
まずは整体院の名前です。 バイオメカニクスとは専門用語のため、知っている方はほとんどいません。

「いったいどんな整体なの?」

疑問と不安を感じた方も多かったようです。
チラシもホームページも作成しましたが、反響はまだまだでした。 無理もありません。こんな整体院、どこにも無かったからです。

「バイオメカニクス整体技研?なんだこれ?」
「インチキじゃない!?」

こんな噂を結構聞きました。

「ちょっと、変な名前だったかな・・・?」

名付け親の知人には申し訳なかったですが、ふと考えたこともありました。

「これは身から出た錆か?」

何て開き直るありさまでした。

身の周りの人がどんな症状で困っているのか?
自分の専門をどのように生かせば、整体効果が上がるか?

そんな研究を真剣にやってきました。 しかしそれはごく一部の患者さんに生かされただけで、大部分は自然消滅してしまいました。

あの時一生懸命まとめた研究レポート、希望をもってまとめたレポート・・・

どうなってしまったのか?全く分かりません。捨ててしまったのかも覚えていません。 当時全く生かされることのなかった数々の研究・・・今でも時々想い出す事があります。

バイオメカニクス技術を整体に応用するために

患者さんと近所の方々に支えられ

「先生・・・悪いことは言わない。場所を変えなさい。」

「いくら一生懸命やっても、頑張っても、分かってくれる人がいなければ何もならない・・・」

患者さんからのアドバイスでした。

「自慢のロボット工学を活用し、人体の運動状態や病気の解明方法に挑む! そしてそれを整体に応用すれば、きっと多くの方々のお役に立てるはずだ!」

「バイオメカニクス整体技研」

とは、そんな私の生き方から生まれた名前だったのです。
しかしこれが大きな落とし穴だったのです。 今思うとすべて自分が蒔いた種だったかもしれません。

少しでも多くの方に理解していただこう・・・
その後もチラシを撒いたり、ホームページを作ったり、努力を続けて行きました。

するとポツリポツリと、新規の患者さんがお見えになるようになりました。

「○○さんに紹介していただきました。」
「お友達から聞いて来ました。」

チラシでもホームページでもない。通りがかかり来院は当然無し。 その中で少しずつ増えて行ったのが、紹介による来院でした。

なぜ紹介が・・・??

最初は不思議でなりませんでした。

実はまだ数少なかった患者さんが、私の知らないところで協力してくれていたのです。 それに気づいたのは、開業して半年ほど経った時でした。

腰が痛い・・・と言っていた男性患者さん。
経営されているお店にチラシを置いてくれました。私がロボット工学を応用して、整体治療をしていることをお客さんに一生懸命説明してくれたそうです。

膝が痛い・・・ と言っていた女性患者さん。
会社の同僚の方をたくさん紹介してくださいました。そのおかげで遠方から電車で通ってくれる方も増えてきました。

足首が痛い・・・と言われていた近所の牛乳屋さん。
お店のお客さんに紹介してくれたり、配達をしながら宣伝してくれました。 この人のご紹介で来れれた患者さんは何人になったであろうか・・・

周りには協力者の方々がたくさんいらしたのです。私は独りではなかったのです。
ありがとうございます。患者さんとご近所の方々・・・・
この技術!必ず進歩させます。お大事にしてください。

今思うと本当に色々な方にお世話になってしまいました。想い出すだけでも胸が熱くなります。

「患者さんを家族同様に見て行けば、一生独身の人生も決してさびしくは無いだろう。」

そんな希望が生まれてきました。

新たな試練を乗り越えて

自分の周りには応援して下さる方がたくさんいる! それを知った私は、独自のバイオメカニクス整体技術の研究に精出しました。

新たな転機が訪れたのは、開業してから6年後でした。

介護と仕事の両立

整体の仕事にも慣れ、紹介を通じて少しずつ発展してきた整体院。 しかしその後、高齢の母親が歩行困難になり、介護が必要になりました。
もともと私が整体師になることが反対だったため、仕事には協力的ではありませんでした。

仕事が一段落したら家へ、そしてまた仕事場へ・・・・ こんな事が続きました。

「デイサービスを利用してみたら?」

知人からアドバイスを受け、利用することにしました。しかし手続きやその後の活動が大変で、業務時間は大幅に減ってしまいました。

「10時にお母さんを迎えにきます。16時には帰ってきますから、その時間には家にいてくださいね。」

「そんな!それでは仕事ができない!」

そんな思いがこみ上げてきました。

今まで整体で実施してきた研究が大学にも認められ、兼任講師依頼の話も入ってきました。 紹介やホームページでの来院も少しずつ増えてきました。

「仕事がしたい・・・のどから手が出るほど時間がほしい・・・・」

介護と言うのは想像以上に大変なことです。
「疲れた・・・」 と言いながらギックリ腰を繰り返していたら、私自身の身体も駄目になってしまいました。
結果として予約を断ることも、部屋を留守にすることも多くなりました。
こんなことをしていたら仕事は発展しません。
患者数は激減!整体の仕事は大幅に少なくなってしまいました。
たくさんの方々にご協力いただき、自分自身の道も切り開けてきたにもかかわらず、開業時の様に静かになってしまいました。

「これから先どうしたらいいのか?」

全く分からず途方にくれる状態でした。

技術士の先生の教え

心境に大きな変化が生じたのもこの頃です。

整体師になってから、長い間気がかりな事がありました。それは 私を一流のエンジニアに育てるため、一生懸命頑張ってくれた機械部門技術士の先生の事でした。

「必ず技術士になれよ!最後まで応援しているぞ!」

いつもエールを送って下さった、大切な先生でした。

※技術士とはエンジニアの国家資格です。詳しくは「技術士はどんな資格?」に書かれています。

以前合宿研修で今までの経過と、整体師に転向するお知らせをしました。「技術士」を目指していた人間が、いきなり「整体師!」だなんて・・・こんなこと言ったら、どんなにがっかりされるだろう。

しかし予想はまるで外れました。 先生は驚かれる事も、慌てることもなく、静かに言われました。

「どんな職業に就こうが、君はエンジニアだ!機械工学を忘れてはいけない。メカニクス技術を捨ててはいけない。新しい仕事のために、今まで積み上げた能力を十分に発揮してください。」

これが最後のアドバイスでもありました。 そしてこのお言葉を最後に、先生は永眠されました。

出来の悪かった私を最後まで応援してくれた先生。
全身をガンに侵されながらも、常に勉学と前進を怠らなかった先生。
勝手に「整体師なる」と言った私を許してくれた先生。

挫けそうになったときはいつも 「先生が、見ている。」 気合を入れて頑張ってきました。 「死」は決して別れではありません。 先生はいつも応援してくれている。そう信じて今まで頑張ってきたはすです。

「俺は一度、技術士の道を捨てた人間だ。」
と思っていました。
しかし実際は先生のお言葉を受け取り、整体師になりながらもエンジニアとしての意志を持ち続け、頑張って来たのかもしれません。

「今の業績と技術を生かし、もう一度技術士試験に挑戦してみないか?」

大学の方に言われました。しかしやはりこれはエンジニアの資格です。 現役時代にも合格できなかった試験。整体師となった今、合格できるはずありません。

整体師として挑む技術士試験

「もう一度試験を受けなさい。」

いつも世話になっているからと、母親が講習会の受講料を出してくれました。 今でも忘れられません。 親心を胸に抱きしめながら「試験突破」のための講習会を受講することになりました。

技術士になるには「技術士第二次試験」に合格しなければなりません。 論文中心の試験で、
「自分がどのように技術的な問題点を解決したか?」
を書く事が必要です。 当然論文は指導者の方に、厳しくチェックされます。

「篠崎さん!当たり前のことを論文に書いてはいけません。試験官は上手です。我々以上に知識があります。」

「それではどうすれば良いのでしょうか?整体師となった今ではこれ以上のことは書けません。」

「では今までどのように整体の患者さんを見てきたのですか?」

「ロボット工学と画像処理工学を応用して・・・・」

「そうです。それでいいんです。それを論文に書いてください。」

「・・・・・・」

「試験官に”こんな方法もあるのか!”と思わせることです。」

そうです。今まで患者さんために悩んできたことを論文にすればいいのです。 技術士試験の論文の様に整体業務をして行けば、整体技術改善にもつながるのです。

「技術士の試験勉強が、そのまま患者さんに役立てる。」

ようやくそれに気づきました。 介護と仕事のはざまに悩みながらでしたが、受験勉強自体は楽しくなってきました。

試験はそれから2か月後に実施されました。 今まで整体師として悩んできた事、苦労した問題点などを設問通り解答して行きました。

「こんな解答で良いのかな?」

疑問はありましたが、

「どうせ合格はしないのだから、思い切り自分の考えを述べてやろう。」

開き直って試験に挑みました。 そのためエンジニア時代とは大きく異なり、自分らしい解答論文になりました。

「筆記試験合格」の知らせを受けたときは、キツネに摘ままれたようでした。 もちろん講習会の指導員の方も本気で喜んでくれました。

神も仏も

筆記試験に合格すると、次は「口頭試験」(面接)が待っています。 受験生が「技術士としてふさわしいか?」を問われる試験です。 この試験に合格して、初めて技術士になる資格が得られるのです。

私の筆記試験合格が大学の先輩の耳に入り、口頭試験突破のための講習と、模擬面接試験を受けることになりました。(汗)
講習は非常に厳しく、結果として「×」と大目玉を食らうありさまでした。

本試験まであと一か月あまり、時間がありません。介護で大変でしたが、整体の仕事は少なかったので、勉強に打ち込むことができました。 面接の勉強は家族はもちろん、近所の方や患者さんまで巻き込む大変なものとなりました。

12月に入いると、渋谷(当時の試験場)の街はクリスマスや年末の雰囲気が徐々に出てきました。 空は雲一つなく、青く晴れわたっていた記憶があります。 試験を実施する部屋の中には二名の試験官。 厳しそうな人でした。

「どんなことを聞かれるのだろう・・・なぜ整体師がここに?と思われ、かなりの質問攻めに合うだろうな・・・」

そんな気持ちもありましたが、覚悟の上でした。

予想通り質問や問題は厳しいものでした。答えられなかったり、間違えて答えたりしたら厳しく指摘されました。

「あなたが技術士になったらそんな事ではダメだ!」

しかし今まで「無駄になっていた。」と思っていた研究が、ここで力を発揮してくれました。 試験官の質問は私の技術力だけではなく、エンジニアとしての心構えまで聞かれる厳しい内容でした。 私が真剣に取り組んできた整体技術は、エンジニアとしても決した恥ずかしくない内容だったのです。
徐々に手ごたえを感じ始めました。

その時です。信じられない事が目の前で起ったのは・・・・・
何と試験官が亡き先生とダブってきたのです。

「必ず技術士になれよ!最後まで応援しているぞ!」

いつも言ってくれていた先生です。

「あっ!先生・・・・・」

そんな言葉が出そうになりました。

このことを話すと多くの方が
「見守りに来てくれたんだよ。」
と言ってくれました。

違う!

先生はそんな生やさしい人じゃない。そうじゃない! 先生は私がきちんと勉強してきたか?真面目に努力を積み重ねてきたか? 試験官の身体を借りて見に来たのです。 きっとそうです。

「先生・・・やっとここまで来れました・・・技術士になった姿を一目見ていただきたかった・・・よし!それならば先生に答えるつもりでやってやる!」

試験も終盤にかかった頃で、私のラストスパートでした。
厳しい試験官でしたが、最後は私の解答に静かにうなずき、終了しました。

試験終了後、家に帰っても落ち着かなくて、無意識に街中を歩いていました。

「先生が見に来た・・・」

そんな思いがこみ上げ、涙がこぼれてきました。
もう試験の合否など頭から消えていました。ただ全力で試験に打ち込めた満足感だけでした。

神や仏は、努力に努力を積み重ねたとき、初めて力を貸してくれる・・・・
この日以来私の口から「神も仏も無い。」と言う言葉は発せられなくなりました。

そして・・・2012年3月、技術士第二次試験合格。

技術士になると業務内容も大きく変更されます。整体施術に変わり、各医療機関との連携。大学との連携など業務範囲が大きく広がります。

しかし合格後は家族との別れ、整体院との別れ、例えようも無い孤独からの再出発を余儀なくされました。

ガランとなってしまった整体院・・・

これからは仕事場を誰もいなくなった自宅に移し、技術士事務所として再出発することも検討し始めました。

整体辞めちゃうの?

「ねえ・・先生・・・技術士ってなあに?」

「エンジニアの国家資格だよ。」

「それってすごいじゃん、先生の技術が国に認められた!ってことだよね。でもこれからどうするの?」

「これからは自分の専門技術を生かし、医療関係に生かして行くつもりだ。」

「夢がある話だけど、整体はどうするの?」

「・・・・・」

「もしかして辞めちゃうの?・・・それって何か残念だよ。だって整体してる時の先生、とても楽しそうだし、生き生きしているし・・・」

「職場が自宅に変更になるしね・・・」

「でも先生の整体って場所を選ばないでしょ!なら自宅でも出来るじゃん!」

「何言ってるんだよ~整体院と言うのはねぇ~・・・きれいで、静かな空間に音楽が流れていて・・・ってな感じだよ。あんな古い家に患者さんを呼べないと思うよ・・・」

技術士として生まれ変われ!

私の合格を待っていたかのように、父親が倒れました。
医師から「もう長くはないだろう・・・」と言われ、終末医療に入ることになりました。 また歩行困難だった母親も合格後まもなく施設に入所しました。家も、そして整体院もガランとした状態でした。

技術士試験は突破した。しかし回りには誰もいなくなってしまった。 これからどう頑張っていけば良いのか?

秋も深まり始めたころ、父親が誕生日を迎えました。恐らくこれが最後の誕生日になると思った私は面会に行き、自分の気持ちを打ち明けることにしました。 幸いまだ話ができる状態だったので、今後の事について相談してみました。

「オヤジ・・・実はもう整体院閉めようと思っているんだ・・・」

諦めたように言うと

「そうか・・・あまり役に立ってないと思うなら閉めた方が良いな。」

どんなに苦しくても、最後まで仕事を継続するように言っていた父親からの意外な意見でした。 私が整体院を閉めるのは運命だったのでしょうか?

そしてこれが最後の会話になりました。その後間もなく父親は眠るように逝ってしまいました。 私が大学の講師になったこと、技術士になったことをいつも喜んでいたそうです。

「親っていうのはね、自分の子供が何かを成し遂げたとき、安心して死んでゆくんだって。それって最高の親孝行なんだよ!」

友人に言われました。

「俺ってそんなに親孝行だったかな?」

でもね、オヤジ・・・整体治院を閉めると言ったけど、整体師を辞めるとは一言も言ってないよ!
実は技術士の試験に合格してから色々考えたんだ・・・・ そして分かったことがある。

俺にとって整体師と技術士は二足のわらじではなく、一心同体だった。 どちらが欠けても成り立たない!

それにやっと気がついたんだよ。

2012年ももう終わりに近づき、初冬の夕暮れが美しい日でした。

整体の出来る技術士として

「自宅でもいいから整体を続けてほしい!」

とのご意見をたくさんいただきました。 また大学からも

「今後の君の研究業務のため、患者さんの整体は必要!」

と思がけない、そして大変喜ばしい意見をいただきました。

「また整体の仕事ができる!」

そんな喜びで一杯になりました。 自慢のロボット工学を整体に応用し、多くの患者様にお役に立てるのが、本来の夢だったからです。

「先生から整体の仕事を取っちゃったら、な~んにも残らないよ!」

10代の女性は言いたいことを言ってくれます。(笑)

新地!自宅での業務開始!

私の実家は金属部品のプレス加工をしておりました。 父親はプレス機で指を何度か切断! 母親は指をつぶし
「痛い、痛い・・・」
と苦しんでいたのを覚えています。

その父親が逝き、母親が施設に入所・・・ 家に独りでいると、妙にあのころを思い出します。

「親の代わりはいない。」
「親心を大切にできない人間に講師は任せられない!」

大学で言われた言葉を心に受け止め、新地自宅で整体業務を再開することになりました。

業務を全て自宅に移動するためには、たくさんの荷物を運ばなくてはなりません。 そして家もまだ工場の状態で、とても整体施術が出来る環境ではありません。

独り悩んでいたら、患者様や地元の仲間たちが大勢集まってくれました。 そして引っ越しと後片付けを全てボランティアで実施してくれたのです。

荷物はみるみる運ばれ、散らかっていた部屋は、あっという間にきれいに片付き、整体施術が可能になってしまいました。

最初は小さな技術士事務所として再出発するつもりでしたが、すっかり整体院に早変わりしたのです。 本当にありがとうございました。

患者様や地元の仲間たちの温かいお心遣いで誕生した、新しい仕事場・・・ 当時はこんな感じになりました。

篠崎技術士事務所誕生の時

家族と過ごした部屋です。すっかり事務所らしくなりました。

当時使用していたパソコンと測定器。

患者さんの姿勢や動作を解析するために使用していた、当時のパソコンと測定器です。

経絡指圧整体実施のため使用していた部屋

患者さんを整体施術する部屋です。(現在は使用していません。)

新しいバイオメカニクス整体技研

「ねぇ先生!また整体の仕事を再開するんだ。」

「俺の仕事に整体は必要不可欠だと分かったからね。」

「だけど頑張りすぎだよ!どうしてそこまで整体の仕事に打ち込むの?」

「それはね・・・技術士になったからだよ。」

「????」

家から家族がいなくなり、多くの患者さんも失った。
過酷な生活習慣で腰を痛め、思うように仕事も出来ないかもしれない。

新たに自宅で業務を継続する決心をした私は、全て一から出直すつもりで、整体施術を開始しました。

技術士となった現在、今後はより多くのエンジニアとの交流があるはずです。 そこから新しい技術を学び、整体治療に繁栄!患者さんのために役立てて行きます。 生まれ変わったバイオメカニクス整体技研の新しいスタートでした。

未来に向けて!大学との連携

独りになった寂しさを跳ね返そうと「バイオメカニクス技術+整体技術」の研究を夢中になって続けました。 泣いても怒っても、現状は改善しないのです。今やれることを確り行い、一日一日を過ごしてきました。

その努力が実ってきたのか、協力してくださる研究者の方との出会いもありました。

「整体の患者さんの姿勢分析に応用できるかも。」

画像解析ソフトを提供して下さったのは、お茶の水女子大学の太田先生でした。

姿勢を細線化処理し整体効果を向上

身体の姿勢画像解析 撮影したままの画像(左)と画像解析し、身体の中心線を白い線で表現した画像です。

この画像処理技術により、姿勢のゆがみが患者さんにも分かりやすく伝わるようになりました。 原因不明の痛み改善や、関連痛解明にも、大きく貢献されています。

「人体の動きを精密にデータ化し、痛みの原因究明に繋げられないか?」

測定器を提供して下さったのが、母校中央大学理工学部の橋本先生でした。

大学で開発された骨盤運動測定システム

身体運動動作解析測定器です。

今まで使っていた測定器とは、比べ物にならないほど高精度でした。 そのため、より高度なバイオメカニクス技術の取り入れが可能になり、膝痛の運動解析、さらに幼少のころからの股関節痛、 臀部弱体化による重心バランスの乱れ、などが解明されるようになったのです。

人体の「静の状態(姿勢)」と「動の状態(動き)」をデータ化することにより
「どんな整体が有効か?」
科学的に検討することも可能になってきました。

バイオメカニクスと整体を合体させ、改善技術の研究をして行く。 自分の目指す道が少しずつ進歩してきたのも、この頃からでしたね。

バックに大学がついてくれれば鬼に金棒です。整体施術で得たノウハウを技術士として、リハビリやフィットネスのために提供することもできるのです。

これからは
技術士としてクライアントのために・・・・
整体師として患者さんのために・・・・
頑張れるのです。

大学から支給された新しい測定システム! これを使用し患者さんの骨盤動作や、重心バランスを徹底的に分析しました。 その結果科学的な判断での整体が決定され、全く新しい思考による整体技術が誕生したのです。

ギックリ腰や膝痛の人など歩行困難だった患者さんが立ち上がる・・・そして歩行を開始する・・・

この光景を見たとき
「整体の仕事を続けてきて本当に良かった・・・・」
心の底から思いました。


しかしその反面、家族がいなくなってしまった家で独りで食事していると

「本当にこれでよかったのかな?」

ふと思う事もあります。
誰もいなくなってしまった実家・・・
「自分の人生が寂しくないように!」
そう思い始めた整体院だったはずです。

「腰が痛いと言ってくる男性は父親。」
「肩が痛いと言ってくる女性は母親」
「患者さんを家族のように思えばきっと寂しくない!」

それが開業時の決心でした。 しかし結果として・・・
もしかしたら私は、自らの手で自分を「孤独」な世界に追いやってしまったのかもしれません。

「気づいたら家族がいなくなってしまった・・・」

バイオメカニクス整体技研きっといつの日か!

バイオメカニクスを整体に応用するためのメモ帳

「婚活しろ!」

「何だよ・・・いきなり・・・・」

「お前の所の患者さん、たしか素敵な女性が多かった気がするな~患者さんに恋したってダメなんだぞ。そんな素敵な女性が独りでいるわけないだろ!」

「ちょっと待てよ・・・考えすぎだよ!」

「しかし分からないなぁ~何でそんな女性が、こんなボロくて、うす汚くてインチキ臭い所に・・・・」

「そこまで言うか!」

「俺はねぇ、お前のためを思って言ってるんだよ。ボロ整体院で、生まれては消えて行く小さな恋の物語・・・ボロ整体院で静かに心の傷を癒すお前。それでもこのボロ整体院から何かを生み出そうとする姿・・・」

「うるさいよ!いちいちボロ整体院って・・・」

「このホームページ、思い切って「失恋癒し整体」用にしたらどうだ?肩っ苦しいロボット工学より、ずっとアクセス数が上がるぞ!患者さんは来ないと思うけどな。」

「勘弁してくれ・・・・」

「仲間もみんな心配しているぞ!早くいい人を見つける事!そして部屋の掃除をもっと真面目にやること!」

「掃除は真面目にやってるよ。」

「いや~まだ気合が足りないぞ、もっとしっかり掃除しろ!」

「あまり根つめてやるとギックリ腰になっちゃうよ・・・」

「いいじゃないか、その時は自分で自分の体を整体すれば・・・」

「無茶苦茶言うなよ・・・それができれば苦労しないよ・・・」

・・・・

「先生・・・だいぶ部屋片付いたね!自宅での業務は順調?」

「何とか落ち着いてきたよ・・・(汗)」

「しかし靴が多いね、先生って確か独り暮らしだったよね・・・」

「うるさい!」(笑)

バイオメカニクス整体技研の玄関

整体師兼技術士として

今日も頑張っています。

業務を全て自宅に移し2012年より

篠崎技術士事務所付属
バイオメカニクス整体技研

として業務しています。

篠崎技術士事務所付属バイオメカニクス整体技研の看板

一時チラシやホームページの作り直しで大変でしたが、今は何とかやっていますね・・・

当整体の技術を葛飾区産業フェアで展示

地元葛飾区の産業フェアにも出展しました。(2016年10月)

工学を整体技術にどのように応用したか?大学の出講義

工学を人体にどのように応用したか?大学の講義で若き学生達に伝授しています。(中央大学理工学部都市環境学科)

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