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葛飾区お花茶屋3丁目の整体 篠崎技術士事務所付属バイオメカニクス整体技研

電話でのご予約・お問い合わせはTEL.03-3601-7471

〒124-0003 葛飾区お花茶屋3-4-17

開業エピソード

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葛飾区の整体は骨盤矯正に科学技術を応用しています。篠崎技術士事務所付属バイオメカニクス整体技研の誕生秘話です。
エンジニアの意志を持って整体業務を実行するという事は、私にとって想像以上に大変なことでした。

(撮影ご協力ありがとうございました。 )

整体、辞めちゃうの?

「ねえ・・先生・・・技術士ってなあに?」

「エンジニアの国家資格だよ。」

「それってすごいじゃん、先生の技術が国に認められた!ってことだよね。でもこれからどうするの?」

「これからは自分の専門技術を生かし、医療関係に生かして行くつもりだ。」

「夢がある話だけど、整体はどうするの?」

「ここはもう閉めて、自宅を技術士事務所にするんだ。」

「じゃあもう整体辞めちゃうんだ・・・それって何か残念だよ。だって整体してる時の先生、とても楽しそうだし、生き生きしているし・・・」

「仕方ないさ・・・誰もいなくなってしまった自宅の管理も必要だし・・・」

「でも先生の整体って場所を選ばないでしょ!?なら自宅でも出来るじゃん!」

「何言ってるんだよ〜整体治療院と言うのはねぇ〜・・・きれいで、静かな空間に音楽が流れていて・・・ってな感じだよ。あんなボロ家に患者さんを呼べるか! ・・・・・・・・ 」

バイオメカニクス整体技研閉院?

患者さま各位
2005年12月より整体治療院として経営してきた「バイオメカニクス整体技研」は、2012年4月より「篠崎技術士事務所」として生まれ変わることになりました。 業務内容も現在の「整体治療」から「大学への支援、講師」「医療機関との連携」と大幅に変更になりました。
それに伴いバイオメカニクス整体技研は閉院・・・


何て書類を書いたら患者さまから猛反発を食らいました。
思えばあまりにも勝手な行動でした。
「自宅でもいいから整体治療を続けてほしい!」
とのご意見をたくさんいただきました。

また大学からも
「今後の君の研究業務のため、患者さんの整体は必要!」
と思がけない、そして大変喜ばしい意見をいただきました。

「整体の仕事していいの?また整体の仕事ができるの?・・・・」
そんな喜びで一杯になりました。
自慢のロボット工学を整体施術に応用し、多くの患者さまにお役に立てるのが、本来の夢だったからです。

「先生から整体の仕事を取っちゃったら、な〜んにも残らないよ!」
10代の女性は言いたいことを言ってくれます。(笑)

新地!自宅で業務開始!

私の実家は金属部品のプレス加工をしておりました。
父親はプレス機で、母親は足で踏みこみ部品の加工をしておりました。

父親はプレス機で指を何度か切断!
母親は指をつぶし 「痛い、痛い・・・」 と苦しんでいたのを覚えています。

その父親が逝き、母親が施設に入所・・・
家に独りでいると、妙にあのころを思い出します。

「誰のおかげでここまで来れた!」
「誰のおかげで大学まで出してもらった!」
「親を大切にできない人間に講師は任せられない!」

大学で言われた言葉を心に受け止め、新地自宅で整体治療を再開することになりました。
しかし問題は
「新規の患者まさが、こんなボロ家に来ても問題ないか・・・」
でした。
「どこまでやれるかな?」

ありがとうございます。患者さまと地元の仲間たち・・・

「業務を全て自宅に移動するためには、引っ越しをしなければならない・・・
どこか安い運送屋さんを紹介してもらおう・・・」
独り悩んでいたら、患者さまや地元の仲間たちが大勢集まってくれました。
そして引っ越しと後片付けを全てボランティアで実施してくれたのです。

荷物はみるみる運ばれ、散らかっていた部屋は、あっという間にきれいに片付き、事務所らしくなってしまいました。
本当にありがとうございました。 患者さまや地元の仲間たちの温かいお心遣いで誕生した、新しい仕事場・・・ こんな感じになりました。

葛飾区の整体、正しい情報と場所は関係ありません。 事務所兼問診の部屋
もともと家族4人でくつろいだ部屋です。 今はすっかり事務所らしい状態になりました。

古い家ですが、両親が残してくれた家なので、大切に守り、私の新しい出発の場所にしたいと思います。



葛飾区の整体、正しい整体を行う為確り身体を解析します。患者さんのデータ解析
身体姿勢と動作を分析するためのパソコン、計測器です。 計測されたデータは工学的に品質管理され、整体治療技術向上に活用されます。
また大学での研究発表にも活用され、多くの専門家の人達の意見も頂いております。




葛飾区の整体、施術はどこでも可能です。整体治療の部屋です。
私の部屋を使用しています。新規の方には抵抗があるかもしれません。 常連の患者さまからは
「以前より部屋が明るくて良くなったよ!」 意外にも好評でした。
皆さん私の家に遊びに来る感覚になっています。



整体の部屋には大きな窓もあります、地震などが発生した場合、窓を開けて大声を出してください。近所の方が飛んできます。(笑)

しかしここまで来るのに本当に色々な事がありました・・・・

開業時はインチキ扱いからのスタート

「バイオメカニクスって何ですか?」
「ロボット工学と整体って、何か関係あるんですか?」
「どんな整体ですか?機械でも使うんですか?」
「エンジニアだったあなたに整体ができるんですか?」

2005年12月に誕生したバイオメカニクス整体技研。 開業場所は今とは違う場所(葛飾区白鳥)でした。
家からも近かったので、肉体的には楽でしたが、開業と同時にたくさんの疑問点を投げかけれらました。

無理もありません。こんな整体、どこにも無かったからです。
「バイオメカニクス整体技研?なんだこれ?」
「インチキじゃない!?」
「そうだね、インチキ臭いね・・・」
こんな噂を多く聞きました。

身の周りの人がどんな症状で困っているのか? 自分の専門をどのように生かせば、整体効果が上がるか? そんな研究を真剣にやってきました。
しかしそれは勇気?を持って来ていただいた、ごく一部の患者さんに生かされただけで、大部分は自然消滅してしまいました。

あの時一生懸命まとめた研究レポート、希望をもってまとめたレポート・・・ どうなってしまったのか? 全く分かりません。捨ててしまったのかも覚えていません。
決して生かされることのなかった数々の研究・・・今でも時々想い出す事があります。
「研究何てこんなものかな・・・」

患者さんと近所の方々に支えられて・・・

「先生・・・悪いことは言わない。ここで仕事をするのを止めなさい。」
「先生がいくら一生懸命やっても、頑張っても、分かってくれる人がいなければ何もならない・・・」
患者さんからのアドバイスでした。
自慢のロボット工学を活用し、人体の運動状態や病気の解明方法に挑む!そしてそれを整体治療に応用すれば、きっと多くの方々のお役に立てるはずだ!
開業時の私の考えでした。 しかしこのような結果になってしまったのが当時は残念に思いました。
今思うとすべて自分が蒔いた種でしたね。

身体を画像解析し、姿勢のひずみを分析します。  ギックリ腰をおこしたときの身体姿勢です。
姿勢を画像解析し、身体の曲りを抽出したもの

少しでも多くの方に理解していただこう・・・ その後もチラシを撒いたり、ホームページを作ったり、努力を続けて行きました。
するとそんなあるとき気付いたことがありました。 「紹介来院が多い・・・」 という事でした。

チラシ、ホームページでの来院はほとんど無し、通りがかかり来院は当然無し。 その中で少しずつ増えて行ったのは紹介来院でした。 なぜ紹介が・・・?? 実は私の知らないところで、たくさんの方々が協力してくれていたのです。 それに気づいたのは、整体始めて半年ほど経った時でした。

腰が痛い・・・と言われていた男性患者さん。 自分のお店にチラシを置いてくれました。私がロボット工学を応用して、整体施術をしていることをお客さんに一生懸命説明してくれたそうです。

膝が痛い・・・ と言わてれいた女性患者さん。 会社の同僚の方をたくさん紹介してくださいました。そのおかげで遠方から電車で通ってくれる方も増えてきました。

足首が痛い・・・と言われていた近所の牛乳屋さん。 お店のお客さんに紹介してくれたり、配達をしながら宣伝してくれました。 この人のご紹介で来れれた患者さんは何人になったであろうか・・・

周りには協力者の方々がたくさんいらしたのです。私は独りではなかったのです。 ありがとうございます。患者さんとご近所の方々・・・・ お体きっと治して見せます。お大事にしてください。

今思うと本当に色々な方にお世話になってしまいました。想い出すだけでも胸が熱くなります。
「患者さんを家族同様に見て行けば、一生独身の人生も決してさびしくは無いだろう。」
そんな希望が生まれてきました。

介護と仕事の両立

整体の仕事にも慣れ、紹介を通じて少しずつ発展してきた整体治療院。 しかしその後、母親が歩行困難になりました。もともと私が整体師になることが反対だったため、仕事には協力的ではありませんでした。

また私の整体は癒しとは程遠く、辛い手技もあるため、積極的に受けようともしませんでした。
仕事が一段落したら家へ、そしてまた仕事場へ・・・・ こんな事が続きました。

「デイサービスを利用してみたら?」
知人からアドバイスを受け、利用することにしました。 しかし手続きやその後の活動が大変で、業務時間は大幅に減ってしまいました。
「10時にお母さんを迎えにきます。16時には帰ってきますから、その時間には家にいてくださいね。」
「そんな!じゃいつ仕事すればいいんだ!」
そんな思いがこみ上げてきました。

今まで整体施術で実施してきた研究が大学にも認められ、兼任講師依頼の話も入ってきました。 紹介やホームページでの来院も少しずつ増えてきました。
「仕事がしたい・・・のどから手が出るほど時間がほしい・・・・」

介護と言うのは想像以上に大変なことです。
「疲れた・・・疲れた・・・」
と言いながらギックリ腰を繰り返していたら、私自身の身体も駄目になってしまいました。
結果として予約を断ることも、部屋を留守にすることも多くなりました。 こんなことをしていたら仕事は発展しません。患者数は激減!今まで紹介して下さった方も私のもとを去り、二度と戻ることはありませんでした。
たくさんの方々にご協力いただき、自分自身の道も切り開けてきたにもかかわらず、整体治療院は開業時の様に静かになってしまいました。
「これから先どうしたらいいのか?」
全く分からず途方にくれる状態でした。

再びエンジニアとして

「俺って、どうしてツキが無いんだろ・・・・」
そんな時想い出した言葉があります。
「たとえどんな仕事に就こうと君はエンジニアだ!機械工学を忘れてはいけない。」
「必ず技術士になれよ!最後まで応援するぞ!」
亡き技術士の先生のお言葉でした。

そんなとき・・・あの震災が! 平成23年(2011年)3月11日・・・・ 大地震と大津波により、壊滅的な被害を受けた街を見たとき
「自分がこれからどのように考え、どのように行動して行けば良いのか?」
真剣に考えさせられました。

技術士・・・・ エンジニアとしての国家資格、 昔何度か受験したことがありました。 意外と大変な試験で、当時は合格することはできませんでした。 もうすっかり忘れていました。
それが大震災の光景を目のあたりにしたとき、再び技術士への思いが燃え上がるのを感じました。

「もう一度受験してみないか?」
大学の方に言われました。しかしこれはエンジニアの資格です。現役時代にも合格できなかった試験。整体師となった今、合格できるはずありません。

整体師として初めて挑む技術士第二次試験

「もう一度試験を受けなさい。」
いつも世話になっているからと、母親が講習会の受講料を出してくれました。 今でも忘れられません。
親心を胸に抱きしめながら「試験突破」のための講習会を受講しました。

技術士になるには「技術士第二次試験」に合格しなければなりません。 論文中心の試験で 「自分がどのように技術的な問題点を解決したか?」 を書く事が必要です。当然論文は指導者の方に、厳しくチェックされます。

「篠崎さん!当たり前のことを論文に書いてはいけません。試験官は上手です。我々以上に知識があります。」

「それではどうすれば良いのでしょうか?整体師となった今ではこれ以上のことは書けません。」

「では今までどのように整体の患者さんを診てきたのですか?」

「ロボット工学と画像処理工学を応用して・・・・」

「そうです。それでいいんです。それを論文に書いてください。」

「・・・・・・」

「試験官に”こんな方法もあるのか!”と思わせることです。」

そうです。今まで患者さんとともに悩んできたことを論文にすればいいのです。 技術士試験の論文の様に整体業務をして行けば、治療技術改善にもつながるのです。
「技術士の試験勉強が、そのまま患者さんに役立てる。」
ようやくそれに気づきました。
介護と仕事のはざまに悩みながらでしたが、受験勉強自体は楽しくなってきました。

試験はそれから2か月後に実施されました。 今まで整体師として悩んできた事、苦労した問題点などを設問通り解答して行きました。
「こんな解答で良いのかな?」
疑問はありましたが
「どうせ合格はしないのだから、思い切り自分の考えを述べてやろう。」
開き直って試験に挑みました。 そのためエンジニア時代とは大きく異なり、自分らしい解答論文になりました。

「筆記試験合格」の知らせを受けたときは、キツネに摘ままれたようでした。もちろん講習会の指導員の方も大変喜んでくれました。

神も仏も・・・

筆記試験に合格すると、次は「口頭試験」(面接)が待っています。 受験生が「技術士としてふさわしいか?」を問われる試験です。 この試験に合格して、初めて技術士になる資格が得られるのです。

私の筆記試験合格が大学の先輩の耳に入り、口頭試験突破のための講習と、模擬面接試験を受けることになりました。(汗)
講習は非常に厳しく、結果として「×」と大目玉を食らうありさまでした。
本試験まであと一か月あまり、時間がありません。介護で大変でしたが、整体の仕事はほとんど無かったので、勉強に打ち込むことができました。
面接の勉強は家族はもちろん、近所の方や患者さんまで巻き込む大変なものとなりました。

12月に入いると、街はクリスマスや年末の雰囲気が徐々に出てきたました。 空は雲一つなく、青く晴れわたっていた記憶があります。 試験を実施する部屋の中には二名の試験官。 厳しそうな人でした。
「どんなことを聞かれるのだろう・・・なぜ整体師がここに?と思われ、かなりの質問攻めに合うだろうな・・・」
そんな気持ちもありましたが、覚悟の上でした。

予想通り質問や問題は厳しいものでした。答えられなかったり、間違えて答えたりしたら厳しく指摘されました。
「あなたが技術士になったらそんな事ではダメだ!」

しかし今まで「無駄になっていた。」と思っていた研究が、ここで力を発揮してくれました。 試験官の質問は私の技術力だけではなく、エンジニアとしての心構えまで聞かれる厳しい内容でした。 私が真剣に取り組んできた整体治療技術は、エンジニアとしても決した恥ずかしくない内容だったのです 徐々に手ごたえを感じ始めました。

その時です。信じられない事が目の前で起ったのは・・・・・
何と試験官が亡き先生とダブってきたのです。
「必ず技術士になれよ!最後まで応援しているぞ!」
いつも言ってくれていた先生です。
「あっ!先生・・・・・」
そんな言葉が出そうになりました。

このことを話すと多くの方が
「見守りに来てくれたんだよ。」
と言ってくれました。

違う!

先生はそんな生やさしい人じゃない。そうじゃない! 先生は
私がきちんと勉強してきたか?
真面目に努力を積み重ねてきたか?
試験官の身体を借りて見に来たのです。 きっとそうです。

「先生・・・やっとここまで来れました・・・技術士になった姿を一目見ていただきたかった・・・よし!それならば先生に答えるつもりでやってやる!」

試験も終盤にかかった頃で、私のラストスパートでした 。
厳しい試験官でしたが、最後は私の解答に静かにうなずき、終了しました。

試験終了後、家に帰っても落ち着かなくて、無意識に街中を歩いていました。 「先生が見に来た・・・」
そんな思いがこみ上げ、涙がこぼれてきました。
もう試験の合否など頭から消えていました。ただ全力で試験に打ち込めた満足感だけでした。

神や仏は、努力に努力を積み重ねたとき、初めて力を貸してくれる・・・・ この日以来私の口から「神も仏も無い。」と言う言葉は発せられなくなりました。

技術士として生まれ変われ!

私の合格を待っていたかのように、父親が倒れました。 医師から
「もう長くはないだろう・・・」
と言われ、終末医療に入ることになりました。
また歩行困難だった母親も合格後まもなく施設に入所しました。
家も、そして整体治療院もガランとした状態になってしまいました。 これから先どうしようか・・・

秋も深まり始めたころ、父親が誕生日を迎えました。恐らくこれが最後の誕生日になると思った私は面会に行き、自分の気持ちを打ち明けることにしました。 幸いまだ話ができる状態だったので、今後の事について相談してみました。
「オヤジ・・・もう整体治療院閉めようと思っているんだ・・・」
諦めたように言うと
「そうか・・・あまり役に立ってないと思うなら閉めた方が良いな。」

どんなに苦しくても、最後まで仕事を継続するように言っていた父親からの意外な意見でした。私が整体治療院を閉めるのは運命だったのでしょうか?

そしてこれが最後の会話になりました。その後間もなく父親は眠るように逝ってしまいました。 私が大学の講師になったこと、技術士になったことをいつも喜んでいたそうです。

「親っていうのはね、自分の子供が何かを成し遂げたとき、安心して死んでゆくんだって。それって最高の親孝行なんだよ!」
友人に言われました。

「俺ってそんなに親孝行だったかな?
でもね、オヤジ・・・整体治療院を閉めると言ったけど、整体師を辞めるとは一言も言ってないよ! 実は技術士の試験に合格してから色々考えたんだ・・・・ そして分かったことがある。
俺にとって整体師と技術士は二足のわらじではなく、一心同体だったんだと。 どちらが欠けても成り立たない! それにやっと気がついたんだよ。 」

そして再び整体師として

「ねぇ先生!また整体の仕事を再開するんだ。」

「俺の仕事に整体は必要不可欠だと分かったからね。」

「だけど頑張りすぎだよ!どうしてそこまで整体の仕事に打ち込むの?」

「それはね・・・技術士になったからだよ。」

「????」

家から家族がいなくなり、多くの患者さんも失った。 過酷な生活習慣で腰を痛め、思うように仕事も出来ない。
新たに自宅で業務を継続する決心をした私は、全て一から出直すつもりで、整体業務を再開しました。

技術士となった現在、今後はより多くのエンジニアとの交流があるはずです。 そこから新しい技術を学び、整体施術に繁栄!患者さんのために役立てて行きます。 生まれ変わったバイオメカニクス整体技研の新しいスタートでした。

未来に向けて・・・大学、医療機関との連携

母校(中央大学理工学部)に人体の動作解析を実施している研究室があり、思い切って整体治療院での問題を投げかけてみました。
すると 「今後の貴重な研究データになる。」 と積極的な意見をいただきました。
そして研究データと課題提供を条件に、理工学部 電気電子通信工学科の橋本研究室にて、低価格にて計測器の開発をしていただいた のです。

大学で開発されたジャイロセンサー!科学的な整体実施の一歩!
現在使用されている「動きで分かる骨盤ひずみ」測定システムです。(出張整体でも活用可能です。)

バックに大学がついてくれれば鬼に金棒です。整体施術で得たノウハウを技術士として、リハビリやフィットネスのために提供することもできるのです。 これからは 技術士としてクライアントのために・・・・ 整体師として患者さんのために・・・・ 頑張れるのです。

整体技術も様々な技術と連携して!
医療、大学、技術士の3つが連携すれば・・・

大学から支給された新しい測定システム! これを使用し患者さんの骨盤動作や、重心バランスを徹底的に分析しました。
その結果科学的な判断での整体が決定され、全く新しい思考による改善法が誕生したのです。

ギックリ腰や膝痛の人など歩行困難だった患者さんが立ち上がる・・・ 歩行を開始する・・・ この光景を見たとき
「整体の仕事を続けてきて本当に良かった・・・・」
心の底から思いました。

しかしその反面、家族がいなくなってしまった家で独りで食事していると
「本当にこれでよかったのかな?」
ふと思う事もあります。
誰もいなくなってしまった実家・・・
「自分の人生が寂しくないように!」
そう思い始めた整体治療院だったはずです。
「腰が痛いと言ってくる男性は父親。」
「肩が痛いと言ってくる女性は母親」
「患者さんを家族のように思えばきっと寂しくない!」
それが開業時の決心でした。
しかし結果として・・・

もしかしたら私は、自らの手で自分を「孤独」な世界に追いやってしまったのかもしれません。
「バアチャン、おじさん、おばさん・・・・ オヤジも逝っちまった・・・・」

我が人生!きっといつの日か!

整体師兼技術士(機械部門)です。  整体施術のためのデータ

「婚活しろ!」

「何だよ・・・いきなり・・・・」

「ホームページを見てるとお前の所の患者さん、不思議と素敵な女性が多いよな・・・患者さんに恋したってダメなんだぞ。そんな素敵な女性が独りでいるわけないだろ!」

「ちょっと待てよ・・・考えすぎだよ!」

「しかし分からないなぁ〜何でそんな女性が、こんなボロくて、うす汚くてインチキ臭い所に・・・・」

「そこまで言うか!」

「俺はねぇ、お前のためを思って言ってんだよ。ボロ研究室で、生まれては消えて行く小さな恋の物語・・・ボロ研究室で静かに心の傷を癒すお前。それでもこのボロ研究室から何かを生み出そうとする姿・・・」

「うるさいよ!いちいちボロ研究室って・・・」

「このホームページ、思い切って「失恋癒し整体」用にしたらどうだ?肩っ苦しいロボット工学より、ずっとアクセス数が上がるぞ!患者さんは来ないと思うけどな。」

「勘弁してくれ・・・・」

「仲間もみんな心配しているぞ!早くいい人を見つける事!そして部屋の掃除をもっと真面目にやること!」

「掃除は真面目にやってるよ。」

「いや〜まだ気合が足りないぞ、もっとしっかり掃除しろ!」

「あまり根つめてやるとギックリ腰になっちゃうよ・・・」

「いいじゃないか、その時は自分で自分の体を整体すれば・・・」

「無茶苦茶言うなよ・・・それができれば苦労しないよ・・・」


「先生・・・だいぶ部屋片付いたね!自宅での業務は順調?」

「何とか落ち着いてきたよ・・・(汗)」

「しかし靴が多いね、先生って確か独り暮らしだったよね・・・」

「うるさい!」(笑)

整体師の開業エピソード


☆☆
好評のため現在東京都千代田区、港区、中央区方面にも出張しています。
出張整体実績
東京都中央区、港区、千代田区、江東区、葛飾区、世田谷区成城学園前、狛江市、静岡県熱海市、千葉県船橋市、埼玉県春日部市その他首都圏近郊
今後の出張予定地 
神奈川県川崎市、横浜市、茅ケ崎市、平塚市、小田原市