更新日08年8月16日

バイオメカニクス整体技研物語
自伝!邪道整体師

東京都葛飾区白鳥3-14-16 03(5680)3238

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当技研の物語です。いろいろな事がありました。

1、整体との出会い

「どうしてエンジニアのお仕事辞めてしまったんですか?」
今でも時々聞かれます。
難しい質問です。簡単にはお答えできません。
別に仕事がイヤになったわけでも、会社の人間関係に苦しんだわけでも無いのです。
なぜエンジニアから整体師に転向してしまったのか?
その理由を私なりに整理してみました。もうその時期かもしれません。

○「ちょっと勉強してみよう」が始まりだった

母親が坐骨神経痛で、歩行困難になりました。
気づいたときはもう手遅れでした。
病院につれて行ったり、マッサージを受けたりと、色々試してみたのですが、症状は悪化するばかりで、もうどうしようもない状態でした。
「しかし何とかしなくてはいけない」

そんな時、経絡指圧整体の先生に出会いました。
難病や不治の病にも決して背を向けず、積極的に整体治療を実施している先生の姿に憧れ、入門を許可してもらいました。
いざ入門すると、治療技術の勉強は予想以上に大変でした。時々トンチンカンな事や生意気な事を発言しては先生を困らせました。
しかしその中で少しずつ経絡整体の素晴らしさを体験していきました。

そして入門をして半年くらい経ったころ、不器用で物覚えの悪い私が、何とか経絡整体の真似事位は出来るようになりました。
今度は母の坐骨神経痛に挑戦してみました。患部だけではなく、体全身に作用し、病気を治す経絡指圧整体。何と母親にも十分効果が出たのです。
「体が楽になった。軽くなった」
整体を実施した翌日に簡単な家事や、散歩にも出かけるようになったのです。
これほど嬉しい事はありませんでした。
「もしかしたらエンジニアでいるより、多くの方々のお役に立てるかもしれない」
だんだんと整体の世界に、引きずり込まれていく自分に、このときはまだ気づいていませんでした。

○独りでも寂しくない?

母親はいつも勉強ばかりしていて、それも体を壊すほど勉強していた、私をいつも心配していました。
「親はいつまでも生きていない。親が死んだらお前は独りぼっちになってしまう。早く良い人を見つけて結婚しなさい」
坐骨神経痛の足を引きずりながら、口癖のように言っていました。

しかし私が独りになるのは、運命かもしれません。
「ならばエンジニアでいるより、整体治療の道に進んだほうが幸せではないのか?」
「会社から誰もいない我が家に帰っても、寂しいだけだ。」
「いくら努力して良い仕事をしても、喜びを分かち合う家族がいなければ・・・」
そう思うようになったのです。

整体治療院には、患者さんが来てくれます。
「腰が痛い」と言って来たオジサンは父親です。
「肩がこって〜」と言って来てくれたオバサンは母親です。
患者さんを自分の親兄弟のように思いやり、接するようにすれば、きっと今よりは寂しくないのかもしれない。
そう考えるようになりました。

しかし20年以上、機械エンジニアとして生きてきた私!なかなか工学を頭から切り離す事はできませんでした。
手の動かし方、圧の入れ方。人体にかかる重力・・・・・
力学やメカニズムが次から次へと頭に浮かんでしまい、なかなか整体師に徹する事はできませんでした。

「整体師になるため、工学を忘れる!」
ジレンマとの戦いでした。
しかしあるときです。偶然以下の式が私の頭に描かれました。
「機械工学+整体=???  答えは何だ?」

そうです。これに私がやるべき答えがあったのです。

2、バイオメカニクスとの出会、そして家族との別れ

これが私とバイオメカニクスとの出会いでした。
バイオメカニクスとは生体の機能と構造を工学的に解析し、病気の診断や、治療に役立てる技術です。
つまり私から見れば、
「機械工学を人体に応用する」
と解釈できました。
「経絡指圧整体は素晴らしい整体だ!だからこれに機械工学を付け加えれば、もしかしたらより多くの人たちのお役に立てるかもしれない」

しかし一つだけ気がかりな事がありました。それは
私を一流のエンジニアに育てるため、一生懸命頑張ってくれた機械部門技術士の先生でした。
整体師に転向するお知らせと、今までの経過をお話しすると、どんなに怒り狂い、がっかりするだろうと・・・

しかし予想はまるで外れました。
先生は驚かれる事も、慌てることもなく、静かに言われました。
「どんな職業に就こうが、君はエンジニアだ!機械工学を忘れてはいけない。メカニクス技術を捨ててはいけない。新しい仕事のために、今まで積み上げた能力を十分に発揮してください。」

これが最後のアドバイスでもありました。
そしてこのお言葉を最後に、先生は永眠されました。

出来の悪かった私を最後まで応援してくれた先生。
全身をガンに侵されながらも、常に勉学と前進を怠らなかった先生。
勝手に整体師になってしまった私を許してくれた先生。

これから進む整体の道、それは同時にエンジニアとしての、新しい試練の道となりました。
挫けそうになったときはいつも 「先生が、見ている。」 気合を入れて頑張ってきました。
「死」それは決して別れではありません。
先生はいつも応援してくれている。そう信じて始まった新しい出発でした。

「いつの日か整体師として、エンジニアとしての栄光の花咲かせん!」

母校の大学に戻り、バイオメカニクスの基礎である、「ロボット工学」「生体工学」の勉強をする事を決心しました。
最初は夜間部に行く予定でした。会社を辞めることは出来るだけ避けたったのです。
しかし残念な事に、夜間部は生徒募集中止になっていました。

「分かりました。昼間部の授業を聴講させていただきます。」
半年後に開始される授業に向けて、手続きを全て完了させてしまいました。
これでもう会社は退職するしかありません。

半年後サラリーマン生活から、昼間は大学と整体の学校を往復する毎日となりました。

順調に準備が進んでいるように見えました。しかしここでまた一つの壁に当たりました。
それは家族の反発でした。
私がエンジニアから整体師に転向した事を知ると、予想通り、猛烈な反発を受けました。
とりわけ母親の怒りはすさまじいのもでした。
「整体は趣味でやっていたのではなかったのか!エンジニアとしての事務所を開くと思ったから、会社を辞めることを認めたのに!」
それはそうです。一人のバカ息子のために高額な学費を出し、理工系の大学に進学させてくれたのに、いきなり整体師に転向!何て言われたら怒るのは最もかもしれません。

「整体なんて!会社をクビにされた人間がすることだ!お前も世間からそう見られたいのか!」
整体というものの誤解と、社会的地位が強く感じられた一言でした。
「母親のために」
と思って始めた整体でしたが、結局これが原因で、対立してしまう事になってしまいました。
なぜ整体をこんな目で見るのか、その原因は家に落ちていた一枚のチラシでした。

○×○整体学院 生徒募集中
@会社をリストラされそうな人
A上司とうまくいかない人
B年収1000万円以上にしたい人
当学院で整体を学びませんか?

 
「これは何だ〜」

3、新しい夢実現に!

独りになれば徹底的にやれる、誰にも邪魔されない、納得いくまでやれる。
経絡指圧整体とバイオメカニクス技術。
これらを思う存分研究して、多くの方々のお役に立ちたい。
決心は固まりました。

しかし独りで仕事の準備をするというのは、予想以上に大変でした。
私は今まで営業、経理の仕事は未経験だったのです。
これが最初にぶつかった壁でした。
これからは経営や技術的なことも、何もかも独りで考え、悩まなくてはいけないと言う事でした。
もう会社員とは違うと言う事です。

会社には仲間がいました。
仕事だけではなく、一緒に食事に行ったり、旅行に行ったり。
困っているとき相談に乗ってくれる上司や同僚が、どこにもいてくれました。

一生独身の私の面倒を見てくれるのも会社の人
私が死んだら、葬式をしてくれるのも会社の人です。
頼りになる人が、たくさんいてくれたのが会社でした。

しかし会社の人はもういません。
どんなに困っても、
「もう相談してくれる仲間は、身近にはいない」
と言う事を心に焼きつかせなければいけません

しかしそれら全てを諦めても、バイオメカニクス整体治療法の研究は、私にとって魅力がありました。
幸い会社の人達とも、辞めてそれっきりではなく、年に何回は食事に行ったり、旅行に行ったりしています。
ただもう職種が違うので、前のように相談できないのが残念ですね。
しかし個人的には大切な仲間だと思っています。

4、バイオメカニクス整体技研誕生

今まで学んできた機械工学を捨てるのではなく、整体治療に生かしてみる。
知人と相談した結果、私の治療院は
「バイオメカニクス整体技研」
と命名されました。

この名前なら、これで今まで大切に育ててきた機械工学とともに生きていける。
「機械工学を捨てない。忘れない」
亡き先生との約束も守れる。学会にだって堂々と出席できる。
今までに無いインパクトが、きっと患者さんに与えられるかもしれない。
早速開業にむけて、治療研究室の場所選定に、精を出すことにしました。

幸い家のすぐ近くにも、貸店舗がいくつか有りました。しかし私が整体師になるのが反対だった母親は
「近所に恥ずかしいから、家から離れた場所でやってくれ!」
と言う事で、まず家の近くは対象外となりました。

店舗探しは大変でしたが、楽しいものでした。季節が春でしたので、自転車で鼻歌を歌いながら、半径5キロほどの範囲を探しました。
それと同時に整体院を見つけては、値段や治療法のチェックを入れていきました。
どのような治療法を採用しているか?
治療費の相場はどのくらいか?
これらを細かくデータにまとめ、治療法のやり方、治療費の決定等を考察してゆきました。

その結果、治療研究室の場所は、東京葛飾区白鳥にある、小さなアパートの一階に決まりました。
目の前に保育園と公園があり、車の通りも少なく、静かな場所でした。
部屋は6坪ほどの大きさで、私が独りで仕事するには、丁度良い広さでした。
玄関を入ると、6畳のフローリング、そして段差が有り、上に4畳半のフローリングと言う構造でした。
下のフローリングでデーター解析と、姿勢検査を実施し、上のフローリングで整体を実施する事になりました。

料金表やデータを壁にぺたぺた貼り付けたものだから、

部屋は治療院というより、「研究所」

の雰囲気になってしまいました。


これはどう見ても、整体治療院ではありません!


しかし新しい道が開ける嬉しさで、 大変ながら楽しく開業準備を進めていきました。
近所に私より経験豊富で、素晴らしい整体の先生がいらっしゃった。そんな事も知らずに・・・

心の小さな灯火と、期待の中で、2005年12月14日、東京下町に当技研は誕生しました。
しかしそれでもいざ開業となると、これまた面白いように、
一人も患者が来ませんでした。

「どんな患者さんが一番最初に来るかな?」
なんて気楽に構えていた私に、開業時の協力者の雷が落ちました。
「何やってんだ〜、看板出したって患者がくる訳無いだろう。チラシを撒いてどんどん宣伝しなきゃ駄目だ!」

この人は株式会社モアライフの社長で、本業は葬儀屋さんですが、経営については厳しい人でした。
普段は私の面倒を良く見てくださって、開業時には、ずいぶんとお世話になりました。

すぐに印刷屋さんを紹介してもらい、私は生まれて初めて、チラシというものを作成しました。
チラシは2006年が明けてすぐ、1月5日に新聞折込にて各家庭に配られて行きました。

5、患者さんが来てくれた。そしてリピーターになってくれた

1月5日、今日はチラシが撒かれた日。
正月ボケをする暇も無く、治療研究室に行って仕事を開始しました。
「チラシなんか撒いたって、効果なんかあるものか!」
悲観的に考えながら、パソコンに向かい、データ解析の準備をしていました。

すると表で
「ガチャン」
自転車のスタンドを立てる音がしました。ふっと玄関を見ると、女性の頭がかすかに見えました。
玄関のガラスはくもりガラスですが、上3分の1位が透明になっています。
「俺の治療院に来るわけないな、どこか別の場所に用事があるのだろう」
チラシをバカにしていた、当時の私の考えでした。

玄関から視線をそらし、再びパソコンに向かうと
「カラカラ・・・」
恐る恐る戸が開くのが、はっきり分かりました。
再び玄関に目をやると、70歳くらいの女性が立っていました。
1月の寒い時期だったので、帽子をかぶり、マフラーと手袋で、小さな体を静かに覆っていました。
「何しに来たんだろう?俺に何か用かな?」
完全にボケていました。

「もしかしたら患者さん!だとしたら初めての患者さんだ!」
このとき初めて自分が、整体治療研究室を開業した事に気づきました。とっさに
「は、、はい!こんにちは」
「すみません、チラシ見て来たんですけど・・・・・」
間違いない患者さんだ!
私は嬉しくなり、
「中へどうぞ!どうなさいました?」
するとこの女性、私ののんきな顔を見て、一気に安心したのか
「アタシ腰が痛くってね〜」
と体を静かに前屈しました。
マッサージが体に合わず、ここならばマッサージではなさそうだ、という思いで来られたのです。

「今までのキャリアを生かして、整体治療を実施するのはどうすればいいか?」
開業以来ずっと考えていた課題、安静立位時の重心バランス、運動時の重心バランスの測定を実施してゆきました。

安静立位時の重心バランス。白い線は画像をコンピュータ解析し、簡易的に身体の中心線を求めたもの。
詳しくは臨床理論をご覧下さい。


しかし重心バランスの測定だけでは、もちろんダメです。
その理由は当たり前ですが、患者さんは体を分析に来ているのではなく、病気を治しに来ているのです。これが一般の研究室と大きく違うところです。
これだけではただの屁理屈で終わってしまいます。
これらデータを生かして、どのように整体治療を実施するか?これを考えなければ強力な武器を絵に描いたもちにしてしまいます。
これが次の課題でした。

そこで私は患者さんと徹底的に話し合うことにしました。
これらデータを分析し考察し、どのような整体治療を実施したか?効果はどのくらいか?クレームは無いか?不快な部分は無かったか?今後どのような整体治療が適切か?
解析データと患者さんとの話し合い。これにより一人ひとり違った整体治療法が完成されて行ったのです。
仕事に手ごたえを感じ始めました。

初めての整体!この人が少しでも楽になってくれるように、喜んでくれるように、姿勢検査、整体、カウンセリングを実施しました。
そのため思ったより時間がかかり、療術時間(45分)も大幅にオーバーしてしまう有様でした。
しかし腰が楽になる、体が楽になる等お褒めの言葉を頂きました。

この患者さんは、この日以来リピータになってくれて、週に一度は必ず来て下さいました。
「寝返り打てるようになった」
「自転車にも楽に乗れるようになった」
とても喜んでくれました。

その後もチラシの効果で、数人の方が来られました。
努力の甲斐あってか、ほとんどの人が2回以降来てくれるようになったのです。
誰もいなかった静かな治療研究室が、少しずつ明るくなってきました。
しかしまだまだ壁は厚い。繁栄するには程遠い。
この事を強く実感させる出来事が起こりました。


ある日の事
「私、味覚障害で困っているんです。整体で何とかならないでしょうか?」
行きつけの食堂で、70歳くらいの女性から尋ねられました。
聞いた話によると、どこの病院に行っても治らず、非常に困っているとの事でした。そこで私は
「味覚障害の原因を工学的に分析し、そして経絡理論で治療法を組立て、整体を実施すれば、もしかしたら少しは効果が出るかもしれない。」
と考えました。今考えれば、まだ何も分からない状態でした。
しかし困っている人のために、少しでもお役に立てれば、と研究を進める事をお約束しました。
「効果がどれだけあるか分からないが、この人が少しでも幸せになれるよう頑張ってみよう」

エンジニア時代に鍛え上げた分析法を活用し、原因と治療法の研究を始めました。
頭の悪さと、要領の悪さはだけは一人前です。たちまち頭を抱えてしまいました。

しかし頭が悪くても、何度も何度も試行錯誤していると、それなりに感覚がつかめてくるものです。
味覚障害の女性の整体法が、薄っすらと頭の中にシュミレーションできるようになりました。
「この人が尋ねてきたら、この様な整体を実施して差し上げよう。もしかしたら少しは喜んでもらえるかもしれない。」
期待で胸は膨らみました。暇さえあれば解析と治療法を研究し、いつでも整体出来るように、準備は順調に進んでいきました。
しかし現実は冷たいもので、思いがけない壁にぶつかりました。

6、誤算!インチキ扱い

「まだあの人(味覚障害)の治療法を研究しているの!」
突然行きつけの食堂のおばさんに、ものすごい形相で言われました。
「ええ、まだ途中ですが、色々調べてやっています。」
「今すぐ止めなさい!」
いつも温厚なおばさんが、いきなりこんな事を言ってくるなんて・・・
私は訳が分かりませんでした。
その後話を聞いてみると、あの時(相談を受けた日)私が帰った後、どうも以下の会話があったそうです。

「あの人整体師だって!」
「へぇ〜 何々?バイオメカニクス整体技研?なんだこりゃ?インチキじゃない?」
「そうだね。インチキくさいね。」
私と十年以上お付き合いがある、食堂のおばさんは、この言葉を聞いて激怒!

「本人の前では「お願いします」なんて調子のいい事を言って!陰ではこんな事を言っているんだよ!
あなたの事だから、そんなことも知らず、きっと今日まで真面目に研究していたんでしょ?
そんな時間があったら、もっとほかの人の治療法を研究してあげなさい。」

「インチキか〜、まあ仕方ないな、確かにバイオメカニクスという専門用語を耳にすれば、誰でも疑うのは当たり前だ!こりゃ身から出た錆か?」
実際お会いした方から人間性を疑われるのは、さすがに始めての経験でした。
エンジニア時代には、一度も味わった事のない体験でした。

「整体なんて!会社をクビにされた人間のやる事だ!」
母親の言葉、思い出さずにはいられませんでした。

しかしそれでも私はめげることなく、研究を続ける事にしました。
「味覚障害はこの人だけではない!研究は決して無駄にはならない。いつか必ずどなたかのお役に立てる」
そう信じていました。

しかし本当に大変なのは、「敗北や失敗より、空しさからの立ち上がり」です。
敗北や失敗は、まだ救いがあります。
「なぜ負けたのだろう、失敗したのだろう」
考える力とチャンスを与えてくれます。そしてその考察は次の課題を与えてくれ
「またがんばろう!」
再び立ち上がる事が出来ます。
しかし空しさにはそれがありません。

打たれ強い私ですが、結果として次の課題が見つかると、知らず知らずそちらに熱中するようになり、恥ずかしながら、味覚障害の研究は自然消滅してしまいました。

あの時まとめたレポートはどうなってしまったか、分かりません。
捨てしまったのかどうかも覚えていません。
「本音と建て前」
を強く印象づけた、研究の終了でした。

7、それでもバイオメカニクス整体技研を背負っていく!

私は他の先生に比べると、ずっと経験も浅く、治療技術も下かも知れません。
しかし私には他の先生には無い力が有ります。それはエンジニアとしてのキャリアです。
「たとえ治療技術は下でも、自分の今までのキャリアを生かせば、必ずそこから新しいものが生まれるはずだ!だとすれば、それは素晴らしい事じゃないか?」
これが私の決意でした。

患者さんの姿勢解析に画像処理工学を・・・・・
                           そして運動解析にロボット工学を・・・・・・・

私は無意識のうちに整体治療に機械工学を採用していたのです。
機械工学!若きころから本当にまじめに勉強してきました。
私が思った以上に広く深かった!

「たとえどんな職業に付こうが、君はエンジニアだ!機械工学を捨ててはいけない、忘れてはいけない。」
亡き先生の最後のアドバイスを心に浮かべ、整体師になりながらも、エンジニアの意思を持ち続け、仕事をするという、過酷な条件の中で頑張って行く事になりました。
いままで学んだ機械工学、新しい仕事の中で、小さな小さな産声をあげ始めたのです。

先生・・・・・・
これで良いですか? 私を許してくれますか?・・・・・・・


「バイオメカニクス整体技研」
とは、そんな私の生き方から生まれた名前だったのです。


しかし
これが大きな落とし穴だったのです。「バイオメカニクス」は医学系、理工学系の人たちにはある程度理解ができる用語です。
私にとっても憧れの学問であり、辛い時、いつも励みになる用語でした。
しかしよく考えました。
私にとっては大切な用語でも、一般の方々には、ほとんどなじみの無い、「専門用語」なのです。
これが周りの人達を、不安にさせてしまったのです。
つまり新規の患者さんが来ない。(来られない!と言ったほうがいいかもしれません。)
それは私に責任があったのです。誰も攻める事はできません。

自分としては
「機械工学を応用し、新しい臨床法を採用すれば、きっと多くの方々のためになる。その一心でつけた名前だった!」

治療研究室が今だリピーターと、紹介の患者さんしか来られないのは、これが大きな原因かもしれません。


開業以来、新規来院数増加対策と、インチキ扱いとの戦いからスタートした、経営開始でした。
しかし
私の治療研究室を気に入って、リピーターになってくれた方もたくさんいらっしゃいました。

現在も、ほとんどがリピーターと紹介来院で、新規来院はほとんど無い状態がつづいています。
これはこれで良いのです。しかしよく考えると・・・・

リピーターの患者さんは、決して永久にリピーターではない。体が治れば来ないのです。
また口コミはいかに発生しても、限界があります。
現代は人と人のコミュニケーションが少ない時代です。口コミが広がりにくい状態なのです。
紹介があっても、行きつけの治療院があれば、なかなか来てもらえません。

「○×さん来た?」
「えっ!その方どなたですか?」
「あれ!紹介したのに!来るって言っていたよ。」

こんな会話がいくつもありました。

「リピーターもある、口コミも発生している、しかし患者が集まりにくい!なぜか?」

以下は患者さんから聞いた話です。
「バイオメカニクス整体技研に行ってるよ。」
「あっ!知ってる!それって、うちの子供が行っている保育園の前?!」
「そうそう」
「あるのは知っていたけど、なんかインチキくさい。」
「そんな事ないよ、私が行ってるんだから」

「カ〜 これは本当に身から出た錆だ〜」
こんな状態では、新規来院を増やす事は大変です。治療データも集まりません。
さぁ!どうするか?


8、患者さんと、近所の方々に支えられ

「先生、悪い事は言わない。場所を変えなさい。」
「先生がいくら努力しても、いくら誠実に生きても、理解してくれる人が周りにいなくては、何にもならない」
一部始終を知った、患者さんからのアドバイスでした。

私にも責任があるのです。しかしあまり辛いと
「場所を変えてみようかな?」
ふっと考えてしまうのも事実でした。

しかしあえて私がそうしなかったのは
「自分で決めたこの場所から逃げ出すなんて、卑怯者のすることだ!」
「近所の人は皆いい人だ!ここから離れたくない」
「部屋はこじんまりしていて、バイオメカニクスと経絡指圧整体の研究がとてもしやすい」
「愛着がわいたこの部屋で、是非成功してみたい」
それが私の考えでした。

しかしその後、思いがけない出来事に気づきました。
何と!私の知らない所で、たくさんの人が協力してくれていたのです。

「腰が痛い」と言っていた患者さん。
自分のお店にチラシを置いてくれました。
そして関心が有りそうなお客さんを見つけると、一生懸命私の治療研究室を進めてくれたそうです。
私が機械工学を採用して、治療している事を本当に分かりやすく説明してくれたそうです

「坐骨神経痛で・・」と言っていた女性の患者さん。
会社のお友達を紹介してくださいました。
これ以来この小さな治療研究室に、電車で通ってくれる人が増えはじめました。
お蔭様で患者さんも地元に限らず、広い範囲に広がっていきました。

「膝が痛い!」と言っていた、近所の牛乳屋のご主人。
店の前で声を張り上げて、客引きをしてくれたり、配達をしながら宣伝してくれました。
この人に紹介されて来られた患者さんは、何人になっただろうか・・・・

隣の部屋で工具の販売をされている女性は、店に来たお客さんに紹介してくださいました。

部屋を借りるとき、お世話になった不動産屋さんの女性。
お子さんの体調が悪いと言って、私のところに連れてきてくれました。
10代の若い肉体に、経絡指圧整体は十分な効果が発揮でき、すぐに元気になってくれました。

私の周りは理解者の方がたくさんいてくれたのです。
私は独りではなかったのです。
ありがとうございます。患者さんと近所の方々、お体きっと治して見せます。お大事にしてください。

9、バイオメカニクス整体技研!きっといつの日か・・・・


「これでは負けられないな!」
私の知らない所で、たくさんの人たちが協力してくれていたのです。
だから私のところは紹介来院が多かったのです。
60〜70%が紹介来院で、20%がチラシや宣伝で来て頂いた方です。
通りがかりで来られる人は10%くらいで、開業して1年半、本当に数えるほどでした。

通りがかりの人も増やしたい。たまたま尋ねて来てくれた方が、リピーターになってくれた例もある。
入りやすくする事も一つの課題になりました。
「ガラスを全部透明にするのも良い手かも・・」
地元の幼なじみのアドバイスでした。
そうです。中を見えるようにすれば、患者さんも来やすくなるはずです。
私の外見が悪いのは仕方がない事で、やはり中を見やすくすることは大切かもしれません。

しかし私はこの件については、あまり真剣に考えませんでした。
確かに玄関のガラスはくもりガラスでしたが、上3分の1が透明になっていたからです。部屋の様子は外からも十分見えました。
と思ったのは大きな間違い!
身長180センチ位ある私が見えたって、女性の患者さんには見えるわけ無い。

現に部屋からくもりと透明の堺に、女性の頭がチラチラ見えた事もありました。一生懸命中を伺おうとしていたのです。
しかし見えない。
私が立ち上がり外を見ると、ものすごいスピードで逃げていきました。
よほど入りにくかったのでしょう。
これは今後の課題ですね。

では!これからどのようにして治療研究室を伸ばしていくか・・・・・
これにも患者さんや近所の方々から、たくさんのアドバイスを頂きました。

「どんなに経営が大変でも、決して外見に出だしていけない!腕の悪い治療家と思われちゃうよ!」

「俺が自営を始めたとき、こういう失敗をした。だからこの点に注意してやっていけばいいと思う」

「チラシを手作りで作成したらどうだ?手書きなんかインパクトがあっていいよ」

「今は辛いかもしれないけど頑張りなさいね!今友達にたくさん声をかけているから!」

「もっと確り仕事しなさい!気合が足りないよ!」

本当に色々なアドバイスを頂きました。

独りじゃ大変だろうと、食べ物やお菓子を持て来てくれた患者さん・・・
研究室で始めて迎えた誕生日、贈り物を持ってきてくれた患者さん・・・
「これ使いなさい」
ポットを持ってきてくださった、近所の方(面識はありませんでした。)・・・
「独身なんですって!早くいい人見つけて結婚しなさい。誰か紹介しようか?」
冗談交じりで言ってくれた近所の方・・・・

今思えばきりがありません。
バイオメカニクス技術と経絡指圧整体が、少しでもお役に立てるように頑張ります。


現在のところ、身体の重心移動を対象にした臨床法を考察しています。

物体が止まっている状態と、動いている状態は解析する方程式も大きく違います。
身体も安静立位時と運動時での重心動作は、まるで別物だと言われています。
だから静止状態と運動状態で、臨床する事が大切なのかもしれません。

研究は進んでいると言えば嘘になります。
しかし少しずつ進歩しています。
うまく行けば、史上初の整体治療が実現できます。

しかしそうなるのは、まだ先の話でしょうね!

現在はモットーとして

1、患者さんは技術向上のための、大切なメンバーである
1、患者さんは親兄弟であり、家族である
1、当技研は、進歩する科学技術を、積極的に取り入れなければならない
1、当技研の研究は、患者さんのために役立てなくてはいけない
1、どんな病気にも決して逃げない、背を向けない、目をつぶらない!

と格好よく書いてしまいましたが、この先どうなるでしょうね!(笑)

しかしきっといつの日か・・・・